ジンギスカン
もとは「羊の肉を食べるため」ではありませんでした。1918年、国は緬羊百万頭計画を立て、軍服などに使う羊毛をとるために全国で羊を飼いはじめます。北海道はその中心地でした。
ところが毛をとったあとの羊の肉が余ってしまう。くさみが強くて日本人の口に合わない——そこで「どうやったらおいしく食べられるか」の研究がはじまります。1936年には札幌・狸小路で試食会が開かれ、1950年代に専門店ができて広まりました。
余ったものを、ごちそうに変えた料理
HISTORY / FOOD / DATA
わたしたちが住む福岡県と、これから行く北海道。
じつは、人口はほとんど同じなのに、広さは17倍ちがいます。
どうしてそんなことになったのか。北海道にはもともとどんな人たちが住んでいて、ジンギスカンや味噌ラーメンはいつ生まれたのか。 そして福岡と北海道は、じつは江戸時代から海でつながっていました。 旅に行く前に、少しだけのぞいてみましょう。
まずは基本のデータから。福岡県と北海道は、じつは人口がほとんど同じです。
北海道は福岡県の16.7倍。日本全体(377,980km²)の22.07%が北海道です。面積は全国1位、福岡県は29位。
※北方領土(5,003km²)をふくめた数字です。ふくめないと15.7倍になります。
なんと福岡県のほうが約10万人多いのです(福岡8位・北海道9位)。ただし5年前とくらべると、北海道は23.9万人(−4.6%)減り、これは全国でいちばん大きな減少でした。福岡県は5.3万人(−1.0%)減です。
福岡県は北海道の16.0倍こみあっています。北海道の人口密度は全国47位=いちばんすいている、福岡県は8位。
教室でたとえると、同じ人数が「福岡の教室1つ」と「北海道の体育館16個ぶん」に散らばっているイメージです。
札幌市は196万4千人で全国5位、福岡市は166万4千人で全国6位。人数では札幌市が上です。
でも5年前とくらべると、札幌市は0.5%減ったのに対して、福岡市は3.2%増えていて、これは日本の21大都市のなかで増加率1位でした。いっぽう北九州市は、5年間で3万4,740人減り、これは全国1,741市町村のなかでいちばん大きな減少数です。同じ福岡県のなかでも、まったくちがう動きをしています。
出典:総務省統計局「令和7年国勢調査 人口速報集計結果」(2026年5月29日公表)、国土地理院「令和7年全国都道府県市区町村別面積調」(2025年10月1日時点)
目次にもどる北海道の物語は、明治時代よりずっと前から始まっています。
北海道には、ずっと昔からアイヌの人々が暮らしてきました。狩りをして、魚をとって、山菜を集めて、自然のなかで生きる暮らしです。
アイヌの人々は、動物や植物、山や川、火や雷、それに道具まで、人の力ではどうにもならないものを「カムイ」と考えてきました。サケは「カムイチェプ(神の魚)」と呼ばれ、神からの贈りものとして大切にされてきました。
だから狩りも漁も、「必要なときに、必要な分だけ」。ほかの動物のぶんと、来年のぶんを、かならず残します。とりすぎない、という考え方です。
アイヌの文化は、今も受けつがれています。歌や踊り、木彫り、刺しゅう、そしてアイヌ語を学び直している人たちがいます。アイヌの人々は今も北海道で暮らしています。
2020年7月12日には、白老町のポロト湖のほとりにウポポイ(民族共生象徴空間)が開きました。「ウポポイ」はアイヌ語で「おおぜいで歌うこと」という意味です。国立アイヌ民族博物館と国立民族共生公園があります。
明治時代になると、政府は本州から大勢の人を北海道へ送り込みました。アイヌの人々は土地や漁の場所をうばわれ、言葉や名前を日本風に変えるよう強くすすめられました。
1899年(明治32年)には、当時の差別的な名前がついた法律(「北海道旧土人保護法」)ができました。土地を分けあたえて農業をすすめる、という建前でしたが、実際にわたされた土地は、本州から来た開拓民よりせまく、農業に向かない土地が多かったといわれます。この法律は、なんと98年間もつづき、1997年7月1日にようやくなくなりました。
そして2019年5月24日、「アイヌ施策推進法」が施行され、法律のなかではじめてアイヌが「先住民族」と書かれました。儀式に使う木を国有林からとることや、川で伝統的なサケ漁をすることの手続きも、しやすくなりました。
ことばについて:「アイヌ人」ではなく「アイヌの人々」「アイヌ民族」と呼びます。「旧土人」は差別的な言葉で、ここでは当時の法律の名前としてだけ書いています。
補足:2008年の国会決議ですでにアイヌは先住民族と認められていたので、正確には「法律にはじめて明記された」のが2019年です。また、この法律には土地や資源についての先住権は入っていない、という指摘もあります(日本弁護士連合会など)。
じつは、まだ160年もたっていない新しい名前です。
それまでこの島は「蝦夷地(えぞち)」と呼ばれていました。
1869年(明治2年)8月15日、政府の命令で「北海道」という名前に変わりました。
名前を考えたのは、探検家の松浦武四郎(まつうら たけしろう)です。彼は蝦夷地を6回も歩いて調べ、アイヌの人々から地名や暮らしを教わりました。そして政府に出した意見書のなかで、最初に「北加伊道(ほっかいどう)」という案を書いています。
この「加伊(カイ)」は、アイヌの人が自分たちを指すときの言葉に通じるといわれています。松浦は、この土地に住んでいた人たちの言葉を名前に残そうとしたのだ、と考えられています。同じときに、北海道は11の国と86の郡に分けられました。
地図を見ると、読みにくい地名がたくさんあります。それはアイヌ語がもとになっているからです。
札幌=サッ・ポロ・ペッ(乾いた・大きな・川)
小樽=オタ・オル・ナイ(砂浜の中を流れる川)
登別=ヌプル・ペッ(色の濃い・にごった川)。温泉が流れこんでいるからです
知床=シリ・エトク(地の果て/大地の突き出たところ)
意味がわかると、地名がその場所の風景そのものを言いあらわしていることに気づきます。
注意:「カイ」の意味については、アイヌ語の研究のうえではまだはっきり決まっていません。「〜といわれています」という書き方をしているのはそのためです。
目次にもどる札幌の道が碁盤の目になっているのには、理由があります。
開拓を進めるための役所「開拓使」が置かれました(1882年まで)。開拓判官の島義勇(しま よしたけ)が、京都の街を思いうかべながら「五州第一の都」をつくろうと構想します。
1866年、大友亀太郎が大友堀(いまの創成川)を掘りました。のちに岩村通俊が、南1条通を東西の軸、大友堀を南北の軸として、街を格子状に区切ります。「南1条西3丁目」という住所の書き方は、このときの設計がもとになっています。だから札幌では、住所を聞くだけで場所がだいたいわかるのです。
黒田清隆の提案で、1874年に屯田兵の制度ができました。ふだんは農業をして、いざというときは兵士になる人たちです。1875年5月、琴似兵村に士族198戸965人が入植したのが最初。1904年に制度が終わるまでに、兵村37か所・7,337戸、家族をふくめて約4万人が北海道にわたりました。北の守りと開拓、そして仕事を失った武士を助けることが目的でした。
W.S.クラークが同じ年の7月31日に着任し、教頭をつとめました。北海道にいたのはたった8か月ほど。1877年4月16日、島松で学生たちと別れるときの言葉が「Boys, be ambitious(少年よ、大志をいだけ)」です。1期生はわずか16人。この学校がのちの北海道大学になります。
1868年に幌内(いまの三笠市)で石炭が見つかり、1879年に幌内炭鉱が開かれました。石炭を港まで運ぶため、アメリカ人技師クロフォードの指導で官営幌内鉄道が建設され、1880年に手宮〜札幌が開業。これが北海道で最初の鉄道です。1882年には札幌〜幌内が全通しました。
1888年に坂市太郎が大きな石炭の露頭を発見して以来、夕張は炭鉱の町として栄え、1960年に人口116,908人まで増えました。ところがエネルギーが石炭から石油へ変わり、炭鉱はつぎつぎ閉山。1990年に最後の炭鉱が閉じ、2007年3月には市の財政が破綻しました。
約570万人。日本全体のピーク(2008年ごろ)より10年ほど早く、北海道は人口が減る時代に入りました。2024年10月時点で約504万3千人です。
注意:北海道の人口のピークは、資料によって「1995年に約569万人」とするものもあります。ここでは「1990年代後半に約570万人がピーク」と考えてください。
目次にもどる北海道の名物は、ほとんどがこの100年くらいのあいだに生まれた新しい料理です。開拓、戦争、寒さ、そして「あるもので工夫する」気持ち。ひとつひとつに理由があります。
もとは「羊の肉を食べるため」ではありませんでした。1918年、国は緬羊百万頭計画を立て、軍服などに使う羊毛をとるために全国で羊を飼いはじめます。北海道はその中心地でした。
ところが毛をとったあとの羊の肉が余ってしまう。くさみが強くて日本人の口に合わない——そこで「どうやったらおいしく食べられるか」の研究がはじまります。1936年には札幌・狸小路で試食会が開かれ、1950年代に専門店ができて広まりました。
余ったものを、ごちそうに変えた料理
生まれたのは1955年ごろ、札幌の「味の三平」というお店。当時のラーメンは塩味やしょうゆ味が当たり前で、味噌を使うのは大発明でした。
寒い北海道では、あぶらの膜がスープにフタをして冷めにくくなります。ラードで炒めた野菜をのせるスタイルは、寒さに勝つための工夫でもありました。
寒い土地だから生まれた一杯
「から揚げと何がちがうの?」とよく聞かれます。ザンギは下味をしっかりつけてから揚げるのが特徴で、そのまま食べておいしい味がついています。
名前の由来は、中国語で鶏のから揚げを意味する「炸鶏(ザーチー)」に、運がよくなるようにと「ン」を足した——という説が知られています。1960年ごろ釧路のお店が名づけたという説と、1937年に函館のお店ですでに出ていたという説があります。
名前の由来には諸説あります
いちばん新しい名物。1971年、札幌の喫茶店が漢方(かんぽう)の考え方をもとに出した薬膳(やくぜん)スープが原型といわれます。
1993年に開いたお店が「スープカレー」と名づけて大人気になり、いまでは札幌市内に200軒以上。みんなが生まれるより少し前に生まれた料理です。名物は、いまも新しく生まれています。
生まれてまだ30年ほどの名物食べもののはじまりは、日記や記録が残っていないことが多く、だれが最初かハッキリ決められないことがよくあります。お店の言い伝え、新聞記事、家族の記憶——いろいろな話があって、どれも少しずつちがう。
だから研究する人たちは「これが正解」と決めつけず、「こういう説がある」と書きます。調べものをするときに大切な態度です。このページの由来も、すべて「有力な説のひとつ」として読んでください。
注記:札幌味噌ラーメンについては「まかないの豚汁にめんを入れたのが最初」という話が広く知られていますが、お店の現在の店主はこれを否定しています。有名な話でも、あとから確かめると事実とちがうことがあります。
みんなが給食で食べているじゃがいも、飲んでいる牛乳。その多くは北海道から来ています。北海道は日本の食べものを支える特別な場所です。
北海道は福岡県の約10倍。日本のなかで、これだけ自分たちの食べものをつくれる場所は他にありません。
北海道が全国1位、福岡県は全国19位。金額にすると6.4倍のちがいがあります。
北海道は福岡県の約20倍。日本でとれる魚のうち、4分の1が北海道の海から来ています。
日本でとれるじゃがいものおよそ8割、小麦とたまねぎのおよそ6割、そして牛乳のもとになる生乳(せいにゅう)の半分以上が北海道産です。
ポテトチップス、カレーのじゃがいも、給食の牛乳、パンの小麦——福岡でふだん食べているものの中にも、北海道生まれがたくさんかくれています。旅行中にスーパーをのぞいてみると、いつも見ている商品の産地表示の意味が変わって見えるかもしれません。
広さのひみつ:北海道の畑や田んぼの面積は約113.8万ha、福岡県は約7.8万ha。日本の耕地の約4分の1が北海道にあります。1軒あたりの農家が使う畑も北海道は全国平均の10倍以上あり、大きな機械を使った農業ができます。
面積は17倍ちがうのに、人口も、経済の大きさも、じつはびっくりするほど近い。ちがうところと、似ているところの両方を見てみましょう。
北海道は全国3位、福岡県は全国8位。どちらも日本を代表する観光地です。
福岡県はコロナ前(2019年)とくらべてほぼ2倍に増え、全国6位。アジアに近い強みがはっきり出ています。
北海道が全国8位、福岡県が9位。ほとんど同じ大きさです。ただし中身はちがって、北海道は農業や漁業(第1次産業)が4.2%、福岡県は0.6%。福岡県は工場やお店・サービス業が中心です。
その差8.1℃。1月の平均は札幌−3.2℃に対して福岡6.9℃で、冬は約10℃ちがいます。
なんと240倍。札幌は人口190万人以上の都市で、世界でいちばん雪が多い街といわれます。これだけ雪が降るのに地下鉄も学校もふつうに動く——それ自体がすごい技術です。
8月の平均気温は札幌22.3℃、福岡28.4℃。日中の最高気温の平均でも札幌26.4℃、福岡32.5℃です。ざっくり6℃すずしいと覚えておけばOK。
ただし朝晩は20℃を下回る日もあります。半そでだけだと寒く感じることがあるので、うすい長そでを1枚バッグに入れておくと安心です。
総務省は、全国の家庭が「何にいくら使ったか」を毎年調べています。県庁所在地など52の市を比べると、札幌と福岡の食卓のちがいがはっきり見えてきます。
| 品目 | 札幌市 | 順位 | 福岡市 | 順位 | ひとこと |
|---|---|---|---|---|---|
| さけ | 7,588円 | 1位 | 4,460円 | 44位 | 札幌は52市で堂々の1位。差は1.7倍 |
| メロン | 1,824円 | 3位 | 275円 | 52位 | 福岡は最下位。札幌は6.6倍も買う |
| ほたて貝 | 1,124円 | 2位 | 396円 | 34位 | オホーツク海の名産 |
| たらこ | 3,140円 | 10位 | 4,168円 | 2位 | 明太子の街・福岡が圧倒 |
| 鶏肉 | 16,205円 | 44位 | 23,472円 | 2位 | 水炊き・とり天・焼き鳥の文化 |
| あじ | 203円 | 52位 | 1,538円 | 3位 | 札幌は最下位。海がちがえば魚がちがう |
| 灯油 | 71,654円 | 1位 | 5,224円 | 50位 | 13.7倍。暖房費が家計を大きく変える |
| 中華そば(外食) | 2,912円 | 32位 | 2,976円 | 30位 | ラーメンで有名な2都市なのに、ほぼ同額 |
← 横にスクロールできます(金額は1世帯あたりの1年間の支出、2023〜2025年の平均)
味噌ラーメンの札幌、豚骨ラーメンの福岡。日本を代表するラーメンの街どうしなのに、外食で中華そばに使うお金はほとんど同じ、しかもどちらも全国平均より少ないのです。
なぜでしょう。ひとつの考え方は「有名=たくさん食べる、ではない」ということ。ラーメンは主に観光客が食べていて、地元の人は特別なごちそうだと思っていないのかもしれません。数字は、思いこみをこわしてくれます。
読み方のコツ:この表は「1年間にその品目へ使った金額」です。値段が高い年は、量が同じでも金額が増えます。だから「金額が多い=たくさん食べている」とは限りません。数字を見るときは何を測った数字なのかを確かめるのが大切です。
1,500km以上はなれた2つの土地。でも歴史をたどると、何本もの見えない糸でつながっていました。
1949年1月10日、福岡・中洲のお店が売り出した「明太子」。日本を代表する福岡の名物です。
でも原料になるスケトウダラは、おもに北海道の海でとれる魚。福岡の味は、北海道の海に支えられているのです。旅行中にスケトウダラの文字を見つけたら、明太子を思い出してみてください。
福岡県の筑豊(ちくほう)と、北海道の夕張(ゆうばり)。どちらも石炭を掘って日本の工業を支え、そして石炭が使われなくなって、人口が大きく減った街です。
福岡名物のもつ鍋は、そうした働く人たちのあいだで広まった料理といわれます。にぎわいと、その後の苦しさを、2つの土地は同じように経験しました。
江戸時代、北海道でとれた昆布は北前船(きたまえぶね)という船に積まれ、日本海を通って大阪や京都まで運ばれました。この道すじを「昆布ロード」と呼びます。
関西の料理が昆布のだしを使うのも、沖縄で昆布をよく食べるのも、この船の道があったから。北海道の海が、日本中の「味の土台」をつくったともいえます。うどんのつゆが関西と関東でちがう理由も、ここにつながっています。
大切な注記:昆布の交易で大きな利益を得たのは本州の商人や松前藩でした。その昆布を実際に採っていたのは多くがアイヌの人々で、「場所請負制(ばしょうけおいせい)」というしくみのもと、とても不当な条件で働かされていました。「昆布ロードはすばらしい」という話だけで終わらせず、その裏側に誰の労働があったのかまで知ることが、歴史を学ぶということです。
国の研究所は、25年後の人口を計算して発表しています。いま小学生・中学生のみんなが、ちょうど30代から40代になっているころの日本です。
いまはほぼ同じ人口の2つ。でも2050年には、北海道のほうが約66万人少なくなると予測されています。福岡県は九州のなかで人が集まる場所になっているため、減り方がゆるやかです。
北海道は「日本の食料基地」。牛乳のもとになる生乳の全国の約6割、日本の畑の4分の1、日本でとれる魚の4分の1。人が減っても、ここでつくられる食べものがなくなったら日本中が困ります。だから「どうやって少ない人数で農業や漁業を続けるか」が大きな課題です。
福岡は「アジアの玄関口」。福岡空港の国際線の利用者は年間約851万人で、新千歳空港の2.19倍。博多港のクルーズ船の受け入れは全国1位です。ソウルや上海は東京より近く、アジアとつながる入口として存在感を高めています。
広さで食べものを支える北海道と、近さで世界とつながる福岡。強みがまったくちがう2つの土地を、みんなは両方知っていることになります。
スーパーやコンビニで、商品の産地表示を見てみましょう。牛乳、じゃがいも、ほたて。「北海道産」と書かれたものが、福岡のおうちの冷蔵庫にもあったはずです。
地名の看板を見つけたら、アイヌ語かどうか考えてみましょう。空気の温度、風のにおい、空の広さ。数字で読んだことを、体で確かめるのがいちばんの勉強です。
年次について:統計は種類ごとに発表される時期がちがうため、このページの数字はもっとも新しく公表されているものを使っており、年がそろっていません。数字を人に伝えるときは、必ず「いつの数字か」もいっしょに伝えてください。
まだ確かめられていないこと:(1)真夏日の日数の平年値は気象庁が都市別に公表していないため、このページでは載せていません。(2)令和5年度の県民経済計算、(3)令和6年度の都道府県別食料自給率は、まだ公表されていません。新しい数字が出たら変わる可能性があります。
| 内容 | 出典 |
|---|---|
| 面積 | 国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」 |
| 人口・人口密度 | 総務省統計局「人口推計」/「国勢調査」、住民基本台帳人口移動報告 |
| 将来人口・高齢化率 | 国立社会保障・人口問題研究所「日本の地域別将来推計人口」(2023年推計) |
| 観光・宿泊 | 観光庁「宿泊旅行統計調査」(令和6年・確定値) |
| 産業・総生産 | 内閣府「県民経済計算」(令和4年度) |
| 農業・漁業・自給率 | 農林水産省「生産農業所得統計」「漁業・養殖業生産統計」「都道府県別食料自給率」「耕地及び作付面積統計」 |
| 家計の支出 | 総務省統計局「家計調査(二人以上の世帯)品目別都道府県庁所在市及び政令指定都市ランキング」 |
| 気温・降雪 | 気象庁「過去の気象データ(平年値 1991〜2020年)」 |
| 空港・港 | 国土交通省「空港管理状況調書」、国土交通省港湾局クルーズ統計 |
| アイヌの歴史 | 内閣官房アイヌ総合政策室、公益財団法人アイヌ民族文化財団、民族共生象徴空間ウポポイ |
| 開拓の歴史 | 北海道立文書館、札幌市公文書館、北海道大学大学文書館、各市町村史 |
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Patchwork hills - biei - panoramio(taku-k/CC BY 3.0) / "Ainu Group" (Aborigines of Japan from the Island of Hokkaido or Yezo, Department of Anthropology, 1904 World's Fair)(Jessie Tarbox Beals/Public domain) / Shiraoi-upopoy 01(Higa4/CC0) / Holstein Friesian cattle in Hokkaido, Japan 1(ノボホショコロトソ/CC BY-SA 3.0) / Sapporo-Clock-Tower-2018(Bjørn Christian Tørrissen/CC BY-SA 4.0) / Zangi 20120527(欅/CC BY-SA 3.0) / Soup curry(Eok12/CC BY-SA 4.0)